2018/10/23

やりたいこと探しをやめると、前に進んだ

居酒屋時代1

プロフィール

まさとか、まささんって呼ばれてます

まさです。1977年生まれ、2017年現在、40歳になりました。職業は、FPとして金融業界に身を置きつつ「じぶんの武器プロデューサー」としても活動中。

活動

小さい頃

3歳か4歳ごろかなー。

 

真人=【真実の人】=TRUE MAN

真人 をGoogleで翻訳すると「true man」と出てくるんです。

真 実の 人 ってことでなんか気に入って使っています。

と・・・

ジム・キャリー主演の「マスク」が好きで、主演のジム・キャリーも好きになりました。

彼の映画で「The Tru Man Show」という奇想天外な展開の映画がああります。

とても考えさせられる映画です。

映画としても十分な見応えなんですが、そこに込められたメッセージが心に響きました。

最大の資産は自分自身。自分を信じて、勇気を持って行動すること。

それがあっているかどうかはわかりません。

でも、

当時、現実世界で起きるいろんな事に苦しみ悩み、自分を見失っていた僕へのメッセージだと思いました。

 

このブログのタイトル「最大の資産は自分自身」という言葉も、この映画から僕が受け取ったメッセージです。

ぜひ、見てみてください。

僕ができること

あなたの「じぶんの武器」を一緒に見つけます。

ヒンズー今日の教えの中に、こんな言葉があります。

心が変われば、態度が変わる。

態度が変われば、行動が変わる。

行動が変われば、習慣が変わる。

習慣が変われば、人格が変わる。

人格が変われば、運命が変わる。

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僕ができることを説明するのに分かりやすいので使っています。

じぶんの武器を発掘するということは、この言葉の一番最初のきっかけである「心が変われば」のさらに前の段階の話しです。

 

この言葉は、自分の人生をより良くする方法を語っていますが、その最初のきっかけである「心」を変える方法については触れていません。

たぶん、そうとう偉そうなこと言ってます。

もし本当に心を変えることが出来れば、本当に人生は変わります。

でも、その方法は?

どうすれば自分の心は変わるのか?

 

人生をより良い方向に進めたいなら、今、手に掴んでいるものを一度、捨て去る必要があります。

それが、心を変える方法のひとつです。

 

そうすると、態度が変わり。行動が変わり。習慣が変わり。人格が変わり。運命が変わり。

これからのあなたの人生そのものが変わります。

 

あなたの「じぶんの武器」を収益化

僕はファイナンシャルプランナーとして、また同時に保険のセールスマンとして10年以上働いています。

と同時に、9人から始まった田舎の小さな会社が、全国展開する400人規模の会社になるまでの、全てのプロセスをマーケティング担当として経験してきました。

  • セールス・コミュニケーション
  • パーソナルファイナンス
  • マーケティング・集客
  • ビジネス・交渉

これらに関して座学ではなく、実務レベルで体験してきました。

さらに、あるきっかけから

世界No1の目標達成コーチングを学び、実体験からぶんの武器発掘プロデュースというサービスを作り上げました。

 

その理由は、こういうことをしたい!

僕なら、こういうことが出来る!

そう思うものがあったからです。

それが・・・

 

僕らの働き方改革

じぶんの武器を収益化プロジェクトです。

俺たちの働き方改革バナーTOPページ

ちょっとCMっぽくなっちゃいましたね。

 

なぜ?こんなことをしているのか?

じぶんの武器プロデューサーになるまで

まず簡単に箇条書きで。

20代前半

借金地獄に陥り離婚。精神的に病む。

(ガリガリ君になってました)

20代後半

お金の知識が大事だと気づく。世の中の矛盾に気づく。

借金地獄から一転。

お金のことを学ぼうと思い、ファイナンシャルプランナーの勉強をします。

色んなことを知ると同時に、なぜ生きる上で現実的なお金のことを親も学校も教えないのか?

と疑問を抱くように。

そして、シングルマザーで子供3人を立派に育て上げた僕の母。

その世の中への貢献度は高いはずなのに、

その貢献に対して収入が少なかったとはいえ母の年金の少なさに驚愕。

この矛盾を是正したいと強く思う。

(実は正義感が強いボク)

30代前半

現実を知る。

FPになってライフプランを何百件と実施する中で経済の二極化のリアルな現実を見る。

運用で増やさなくても十分な収入がある世帯は、運用が不要とは言わないが必要性が低い。

しかし!

収入が低いからこそ将来のために運用が必要だが、そうした世帯ほど運用にまわす余裕がない。

この矛盾も是正したいと強く思う。

(幕末好きあるある、何かデカイことをしたがる病!)

30代半ば

必要なのは稼ぐ力と悟る。

保険を売るためのライフプランは意味がない!

保険だけでもダメ。ただ、運用だけでもダメ!

まず、収入を増やすこと!

しかし、こればっかりは国、会社、社会に頼っていてもどうにもならない!

ひとり一人が立ち上がらなければならない。

(筋の通らないことがキライでムダに真っ直ぐ。苦労する性格なボク)

30代半ば

副業か?起業家?

まずは自分が何かやってみよう!

(フットワークは軽いO型のボク)

30代後半

いくつかのビジネスに手を出すが「結局自分は何がしたいのか?」分からなくなる。

そして、今の世の中は「じぶんメディア」があり、自分で自分をプロデュースできる。

 

じぶんメディアを使って、じぶんの武器をお金に換えている人たちがいる!

突破口を見つける。

※ブログやSNS、youtubeなどの個人が無料で持てる情報発信メディア

40歳

今までの知識と経験をもとに行動スタート。

 

と、簡単に書いてますが、動き始める勇気がなく時間がかかりましたし、結構、紆余曲折ありました。

 

それは20年前

今を生きるってどういうこと?

あ~っ!!!!まだ宿題終わってない!!!

夏休み

いきなりですが、小学校の頃の夏休みを思い出してください。

 

夏休みって楽しいけど、夏休みの宿題を最後まで先延ばしにしてたら・・・

 

頭から離れず全力で楽しめない。

時間はまだあるし・・・(と言いつつ気になる)

そんな気持ちを思い出しませんか?

 

分かっていても現実から目をそらし、最後までやらずにいると、

しわ寄せがきて楽しかった夏休みが、最後の最後でいやな時間に。

 

そう。

僕らは、時間は有限だということを、夏休みから教わったんです。

体験をもって。

 

でももし、夏休み初日に宿題を全部終わらせたら??

残りの夏休みの時間って毎日全力で楽しめませんか?

そういう、賢いヤツいましたよね?

 

そう。

今を楽しむための方法も、夏休みが教えてくれたんです。

実は、夏休みも、人生も全く同じ。

 

学校を卒業し、おとなになった僕たちは、このことから何を学び、どう生かすべきでしょうか?

 

大事なことは。

過去から学び、未来を描き、今を精いっぱい生きること。

 

人生における宿題を終わらせ、

遠慮なく、今を楽しむこと。

今を生きることです!

 

 

と、言ってますが、

僕はかつて、「今」を生きることができてませんでした。

 

今を生きるなんていう、意味さえ分かりませんでした。

知ろうともしていませんでした。

 

精いっぱい頑張るだけやろ?

それが今を生きるってことやろ?

 

どこからか湧いてきた不満をいつも抱え、過去に引きずられ、未来を描くこともできず。

自分を見失い、他人に振り回され。

 

そんな僕が、どうやって自分を取り戻し、今を生きる意味を実感できたか?

ここから先は、ちょっと長くなります(本当はもっと長いのですが)。

興味ある方はお付き合いください。

それは、20年前に遡ります・・・

 

20代で自己破産

今からおよそ20年前

サラリーマンは自分には向いてない。

と本能で悟っていた僕は、居酒屋で独立しよう!そう思っていました(かなり楽観的に)。

まずは、店舗運営を学ぼうと軽い気持ちで居酒屋チェーン店の就職面接に。

すんなり就職できたんですが、なんと!

包丁さえ握ったことのなかった僕が、1ヶ月もしないうちに店長を任せられます。

そう。その会社は、超ブラック企業だったんです。

居酒屋時代

 

当時はブラックなんて言葉はまだありませんでした。

世間知らずで素直な若者は、それを「当たり前」と解釈しました。

休みもなく、帰宅すらできないほどの疲労こんぱい状態で睡眠時間は3~4時間程度。

冬でもお店の固い床の上に寝ていました。

当たり前どころか、このぐらいやらないかんやろ!と思っていたんです。

上司も、同僚も皆、そうしていたからです。

 

子どもはふたり。

4歳と生まれたばかりの乳飲み子を育てる妻は育児ノイローゼからの重度の鬱になりました。

僕もおそらく精神的にまいっていたのでしょう。

財布のお金がなくなると、まるで自分の銀行口座のごとく武富士さんからお金を借りていました(武富士さんって言っても近所のおじさんではないですよ)。

25歳のときに逃げるようにして会社を辞めたあと、

借金の額を知って驚愕します。

 

ローンや滞納を合わせた月々の返済額は

60万円

にまでになっていました。

当時の給料は35万円です。

 

その後、司法書士さんに依頼し、自己破産一歩手前の特定調停という手続きをします。

(一歩手前といのは、自己破産と違って借金はチャラにはならず返済はしないといけません。ただ、金利を低くして計算し直します。今で言う過払請求と同じで、当時、時代を先駆けてやっちゃった感じです)

 

初めて裁判所に足を運んだとき、付与されていた事件番号が記憶から消えないでいます。

「ブラックリスト」

その意味を知ったとほぼ同時に自らそのリストに載りました(ブラック企業に就職してブラックに。意味は違うけどミイラ取りがミイラみたいな)。

 

奴隷解放 前日の夜

会社を辞める決断をした日の朝のことは、今でも鮮明に思い出せます。

照明が消えた薄暗い店内から、入口のドアのガラスの向こうに見える景色が、白く強く不鮮明に光っていました。

 

その日は、月に1度の会議の日。

会議の前日は、通常の閉店業務とは別に、棚卸という作業を終わらせ。

原価率を算出し、会議用のレポートを作成してから参加しなければいけません。

それだけならまだ、いいのですが・・・

 

会社のオーナーはまだ30代半ば。

大阪から単身九州に来て、身一つでフランチャイズ店舗を30店舗まで拡大。

 

宝石等を扱う別会社などもあったり。

その筋。とも関係があるとかないとか。

月に一度の会議は、ガラスでできた数キロの灰皿が飛んでくることも。

 

会議に遅れるなんてありえないし、レポートがないなんて言語道断。

そんな、月に一度の会議。

僕の店舗は、数字を出していたので、その面では心配はありませんでしたが、だからと言って別の何かを許される事なんてありません。

 

1店舗1責任者(社員)なので、バイトが少ない店舗は、通常業務だけでも大変でした。

席数は80席ほどの店舗でしたが、ファミリー層が多く、週末になると3回転、240人が一気に押し寄せる人気店でした。

 

他店舗には、慣れたスタッフが居て、翌日の仕込みや閉店業務を行いながら営業することもできます。

棚卸も、スタッフに任せながら店長が行うという事も可能です。

 

しかし、この店舗は新店舗だった事とスタッフのほとんどが高校生。

22時以降は二人、もしくは一人で回さなければいけないことも。

ハンディもない、食洗器もない時代。

居酒屋で務めたことがある方は、その大変さが想像できると思います。

 

その日は特に来店が多かったのを覚えています。

いつものごとく22時以降は大学生のアルバイトと二人。

人件費を抑える為に、大学生の子も23時までのシフト。

いつも23時30分まで頑張ってくれるのですが、僕は「もう、帰っていいよ!」とも強がってました。

店長のプライドです。

 

その日も、いつものように閉店の深夜2時を過ぎても帰ろうとしないお客さんがいました。

棚卸どころか、バッシング(テーブルからお皿を下げること)さえも終わっていない。

翌日の仕込み、閉店業務などやるべきことが何一つ終わっていません。

 

それでも、

「何時まででもいいですよー(*^-^*)」

と、お客様第一主義を叩きこまれた僕は、それを貫き通します。

本当は、明日の会議のこと、棚卸のこと体の疲労を考えると早く帰って欲しいのですが、ストレスを感じるのも通り越し、思考が止まるほどでした。

お客さんはもう一組。

片付けを進められるはずなんですが、疲れ果て厨房でしゃがみこんでいました。

これから始まる作業量を考えると思考が止まってしまうんです。

 

最後のお客さんの会計が終わり、入口の外まで出てお見送りを終わらせ、再度店内に戻った時、店内の荒れ方を見て力が抜けました。

毎日この繰り返しでした。

 

それでも、なんとか気を振り絞ってやってきました。

時間は深夜3時を回っていました。

翌日の会議は9時から。

 

頑張って、ある程度片づけを終わらせて5時。

仕込みと残りの片づけは、会議から帰ってきてからやるとして、とりあえず少し休もう。

いつも通り、硬い床の上で、30分でいい。

少し休んでから始めよう。

やっと休める。

そう思って目を閉じるとき、とてもリラックスして幸福感を感じていたことを覚えています。

 

・・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・?

気持ちよく目が覚めました。

 

妙に明るい・・・

・・・・っ!!!!!

 

やばいっ!!(ばっ!時計を確認)

・・・・・っ!

 

(あ。終わった・・・)

 

時間は8時を回っていました。

このとき、こう思いました。

 

「もういいや。」

床で寝ると体はバキバキになります。

でも、肩の荷が降りて、気持ちはすごく楽になったのを覚えています。

照明が消えた薄暗い店内から、入口のドアのガラスの向こうに見える景色が、白く強く不鮮明に光っていました。

 

その後、誰とも連絡を取らず無断欠勤。

その後のことはよく覚えていませんが、オーナーに呼び出され「やってくれたな」と言われたことを、うっすら覚えています。

 

9回の転職

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超ブラックの居酒屋チェーンを辞めた時点で既に5回転職してました。

最初の就職は東証一部上場企業。

20日で辞め。

倉庫の仕分け作業を経て、香具師(テキ屋)に。

3年働いた後、居酒屋で独立をする為の資金稼ぎとして、佐川急便へ。

そして、居酒屋店長に。

この転職回数から自分を振り返って、今言える事は、

  • 目的があいまい(居酒屋で独立もなんとなくという程度)
  • 計画性がない
  • 自分が何をしたいのか分かっていない
  • 何かを成し遂げる覚悟もない

ということです。

根本にあるのは、目的を見いだせてないということ。

 

それを見つけようと諦められない自分もいる一方で、心の中で折り合いをつけ上手に自分を納得させていた部分も、今振り返ればあったと思います。

 

みなさんは、目的や目標を持って生きていますか?

 

若くして夢を持ち、目標を持って時間を生きる人もいます。

苦労や困難も乗り越え、まっしぐらに夢に向かって。

 

僕もそんな人生を歩みたかったんです。

でも、どうすれば?

当時の僕ではとても答えに辿り着けませんでした。

 

他人に自分の人生の舵を握られる人生

2014年2月(当時36歳)。

9回の転職を経て最後に10年勤めた会社を脱サラをします。

ただ、やりたいことを見つけて脱サラしたわけではありません。

 

正直に言うと、

会社がイヤで辞めただけでした。

脱サラ、起業で一番ダメな理由ベスト1位!

であり一番失敗する理由ですね(^^;

 

ただ、当時の僕はこう思っていました。

「自分の人生なのに、なぜか自分で生きている気がしない。

何か自分で選択してきたか?

何か自分で責任を取ってみたか?

自分の人生なのに自分でコントロールしてるのか?

自分で舵を握っているか?

自分の人生なのに、他人に舵を握られているんじゃないか?

 

会社に嫌気がさしたのも事実ですが、あくまでそれはきっかけ。

僕は「自分の人生の舵を自分で握りたい!」そう強く思ったんです。

 

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そんなに甘くない起業

そして「生き方の選択」として起業を選択した。そう思っています。

しかし、そんなに甘くはありません。

まず僕のスタートは今までいた保険業界に完全歩合制で身を置きつつ自分のビジネスを展開していこうと思いました。

当時の僕がやろうと誓ったものは「資産形成の啓蒙活動」です。

お金で苦労したことをきっかけにFPを取得し保険業界に10年いた僕は年間に400件以上のライフプランやファイナンシャルプランを行ってきました。

老後の年金なんてもらえない!

国や会社に頼っていてはダメ!

未来を変えるのは自分自身!

わたしの母は、3人の子供を女手ひとつで育ててきており、年金なんて払う余裕もなく。

来年70歳になりますが年金は月3万円しかありません。

そういったこともひとつのきっかけです。

とにかく日本は「お金のことを教えない!」

自分が学んできた資産運用や金融の知識を多くの人に伝えよう!

そう思いセミナー活動を始めますが・・・

集客が思うようにいかずセミナー活動は1年ほどで断念します。

マネーセミナー

マネーセミナー

子育て世代向けセミナー

子育て世代向けセミナー

子ども知恵セミナー風景

子ども知恵セミナー風景

老後の知恵セミナー

老後の知恵セミナー

 

自分には何が足りていないのか!?

悩み

 

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やる気や想いはあったのになぜ続かなかったのか?

「自分には何が足りていないのか?」

集客にかける費用や集客方法などの知識やスキルが足りていないのは分かっていました。

ただ、そこじゃない何か別のものが不足している・・・

何か根本的なものが足りていない・・・

これは本当にやりたいことなんだろうか・・・?

そんな、あいまいな疑念を払拭する事ができません。

そして、ネットで調べたり本を読んだりして辿り着いたものが「パーソナルブランディング」でした。

自分をブランド化できればセミナーも集客できるし商品も売れる!

そう思い、そこから「パーソナルブランディング」に関する本を読んだり、ネットで調べたり、セミナーに足を運んだりと情報を集めて、どうすればパーソナルブランドを構築できるか?そこに多くの時間とエネルギーを使いました。

これらを通してひとつ分かったことは、自分のメディアが必要ということ。自分を商品として発信していくための情報発信基地。つまり、ブログやSNSです。

集客やそのやり方に関してはどれも得るものはあったのですが・・・

ただ。

 

どうしても腑に落ちない。分からない。しっくりこない、何かがしこりとして残ってるんです。

それは、どんな自分を。自分の何をどう発信すればいいのか?自分の強みやウリ。自分の軸や想いをどう形にすればいいか?ということ。

発信の仕方、方法、やり方がわかっても肝心の自分の軸になるもの、それが無ければパーソナルブランドは構築できない・・・

でも、それを教えてくれるところはどこに・・・

そう思った僕は、そこからさらに起業塾や自己啓発セミナーや合宿、USPに関するスクールにも行き、およそ数百万円をつぎ込みます。

「これだけの時間とエネルギーとお金をつぎ込めば何か必ず見つかるはず!」

と思い、とにかくそれを求め「これだ!」と思うものには手を出していきました・・・

しかし、結局パーソナルブランディングの核となるものを見つけることはできませんでした。

 

自分に足りてないものなんてなかった。

間を少し割愛しますが、数百万円というお金と時間、エネルギーを使っても辿り着けなかった僕は・・・

バーンナウト!

燃え尽きます。

それでも、諦められず、数ヶ月の間、家に引きこもります。

 

その間何をしていたかと言うと、ひたすらアウトプットをしていました。

自分の人生の棚卸しです。

頭から煙が出るくらい、とにかく書き出しました。

 

そしてやっとです。

個人がパーソナルブランディングを確立する上で最も大事なものに気づいたのです。

それは、学ぶことを辞めたこと、自分には何かが足りないと思って自分に足すのを辞めたことがきっかけでした。

そして、「もう誰かに頼るのはやめよう!」と依存を手放して少し時間がたってからです。

 

では、その大事なものとは何か?

それが本当にやりたいことを見つけること」だったんです。

 

ブランディング以前の問題だったんです。

これがなければブランディングは炭酸の抜けたコーラみたいなもの。

 

「どんな自分を?」「自分の何を?」

これが分からない理由は自分が本当は何をしたいのか?が分かっていない。

もしくは、今やろうとしている事と自分が心から望む本当にやりたいことにズレがあることが原因だったのです。

 

そして、もう一つ重要なのが、

「どんな自分でいたいか?」です。

自分が望む自分像です。

 

 

そしてさらに、ある事がきっかけで大きな「気づき」を得ます。

それは「なんだ!そうだったのか!」

という呆気に取られる気づきでした。

しかし、自分の価値観が180度変わる気づき。

パラダイムシフトを起こしてくれる気づきとは、そういったものです。

僕にとってはとても大きく価値のある気づきでした。

それは自分がやりたいことを見つける上でも重要な気づきです。

 

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内村

 

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最大の資産は自分自身

お金が「ある」「ない」とか

資産が「ある」「ない」とか

自信が「ある」「ない」とか

仕事が「ある」「ない」とか

やる気が「ある」「ない」とか

夢が「ある」「ない」とか

愛が「ある」「ない」とか

あるもの、ないもの探してみても、満たされないのはなぜ?

あなたを満たしてくれるものが他にあるから?

何を足せば満たされる?

 

そうじゃない。

あなたが満たされないのは、あなたが既に満たされているから。

 

足りないという思い込みから、

何かで埋めよと必死になっても、

あなたは既に自分という最大の資産を手にしている。

次にやることは、足すのではなく、手放すこと。

両手で握りしめてる、古い正しさを手放すこと。

新しい価値を掴む為に。

さぁ!次のステップへ!

ぼくのプロフィール

過去の経験

  • 居酒屋店長時代では、30店舗中下から二番目の店舗をわずか半年でNo1の店舗に!
  • 10年勤めた保険代理店では創業期から携わり広告(紙・WEB)、広報、店舗開発などマーケティングの中心を手掛け全国で五本の指に入る代理店にまで成長する。
  • グループ展開する会社の子会社2社立ち上げに携わる。(保険代理店)。
  • 「ゼロからイチ」をすることを買われロサンゼルスでの新規立ち上げマーケット開拓を1人で行う(保険代理店)。
  • 資産運用に関する人脈は国内にとどまらず、アメリカ、香港など世界の金融センターとの繋がりを持つ。
  • 1977年4月14日生まれ。曲がった事がキライで実は硬派。でも快楽に弱く痛みに弱い。僕の中身はブルーハーツと長渕剛、尾崎豊と浜田省吾でできてます。
  • 高校へはサッカーの特待で進学(福岡県では誰もが知るサッカー有名校)
  • 福岡県福岡市出身。福岡はちょうど良い田舎です!
  • バツイチ再婚。現在妻と子供(社会人)の3人暮らし。
  • 9回の転職の中で人生に影響を与えた仕事は、香具師(ヤシと読む。祭りの出店)、居酒屋、保険代理店。
  • 性格⇒いつでも真剣。でも時々適当。そのバランスは取れていると本人は思っている。おどけるのが好き。
  • 好きなモノ⇒ビリヤード、嫁と子供と遊ぶこと。
  • 苦手なモノ⇒かげぐちを言う人。
  • 好きな言葉⇒「最大の資産は自分自身」「オリジナルになれ!」「信じるな、疑うな、確かめろ」

公開日:
最終更新日:2018/10/23

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